本記事は「【Road to FUKUOKA】夏目晋太郎さん②」の続きです。
12月初旬から続いた夏目さんのシリーズも、今回で最終章となります。
最終章では、かつて「半年に一度しか走らないファンランナー」だった夏目さんが、
マラソンにのめり込み、国際レースを目指すようになるまでの半生について、お話を伺いました。
その前に、とっても気になることが。
――夏目さん・・・。
夏目:ん?(またこの入りか・・)
――卓球・・・ですね。
夏目:うん。卓球・・だね。
――・・どうしたんですか?急に。
夏目:(着替えさせたのお前だろ・・w)いや~実は、卓球が趣味なんだよ。
マラソン →ハーフマラソン →卓球
最後のインタビューは、10月31日に行われた東京トライアルハーフの後でしたが、
その後は学生時代の卓球サークルのメンバーと練習がある、ということで、一足早く着替えてもらいました。笑
――卓球は、いつごろから始めたんですか?
夏目:一応、小学生の時に、学校で「卓球クラブ」に入っていたけど、ちゃんとやり始めたのは大学に入ってからかな。
――卓球歴長いですね!ランニングも含め、スポーツ好きなんですね。
夏目:うーん確かに、小学校の時から、色々なスポーツに触れてきたと思う。
ということで、夏目さんのスポーツ遍歴を教えていただきました。
小学時代:卓球&剣道
- 学校のクラブ活動で卓球、町内の団体で剣道に取り組む
- 運動会ではリレーの選手に選ばれることも多かった
- 町内ロードレース大会で一応入賞したことがある
- 縄跳びが得意だった
――なんだ、昔から速かったんじゃないっすか。
夏目:「なんだ」って言うなww
――けっこう規模の大きい大会だったんですか?
夏目:うーん、参加者は20人ぐらいで、6位まで入賞だったような。
――・・思ったほどでは無かったですね。笑
夏目:・・うん。中の上ぐらいかな。最高でも3位止まりだし。
――でも、3位はスゴイですね。
夏目:20人中ね。笑
中学時代:サッカー部でベンチを温める日々
- ポジションは守備側だったと思う
- あまり試合に出られず、ふてくされて?1年半で退部→帰宅部
――サッカーやってたんですね!
夏目:そうそう、当時SLAM DUNKが流行っていてバスケも候補だったけど、結局Jリーグの流行りに乗ってサッカーにしたんだよ。
――で、試合に出れずに、ふてくされて辞めちゃったと・・。
夏目:だって、冬の試合とか寒い中、ただベンチで震えてるだけだったし(笑)
練習試合とかはベンチ組も必ず出られるんだけど、レギュラーは40分とかやってるのに、こっちは5分だったりするからねえ・・・。サクッと辞めたよ(笑)
高校時代:完全なる帰宅部
- 特記事項なし
――心の闇が尾を引いてますね。
夏目:そういうわけではない(キッパリ)
でも、正直なところ、何かスポーツをやっておけば良かったと思う。
――スポーツしなかったんですか?
夏目:それでも一応、帰宅部の仲間と、遊びで週1回、卓球をやってたんだよ。
――おぉ!ちゃんとスポーツしてますね!
夏目:うん・・太ってたけどね。当時最大67kg(笑
――これが・・帰宅部の仲間ですか?
夏目:いや、一緒に写ってるのはそれぞれバレー部、サッカー部、バスケ部だったかな。
――間違ってたらすみません。その・・手前左の方・・ですよね?
夏目:他に可能性無いだろw
.
.
――奥に座ってるイケメンっていうことにしても良いですよ。
夏目:あ~、やっぱりそっちに目が行くか!!元気かなあ、アイツ^^
・・・って、ダメだよ!僕手前左だよ!
そして大学で再び卓球の道へ・・
- 卓球サークルで4年間、毎週3~4回の練習
- サークルなので、あまり走ったりしない
- 卓球の実力はあんまりだったが、休憩も取らず練習を続けていたため「ゾンビみたいな体力」とか言われていたのも良い思い出
- 夏合宿恒例の「早朝マラソン(2kmぐらい)」で優勝経験あり
――何となく、今のマラソンに繋がるエピソードが出てきましたね!
夏目:確かにそんな感じだね。ランニングはしなかったけど、卓球とか遊びの中で、たくさん体を動かしていた学生時代だったと思う。
大学卒業後:スポーツ色々
- 卒業後1~2年はあまり運動していない
- 久々に参加した卓球の大会で、自分の弱体化を実感し凹む
- 以後、休日に卓球の練習を継続するようになる
- 並行して月に2~3回ぐらい、フットサルもやっていた
- ゴルフや登山も時々(年に数回。卓球のユニフォームで。笑)
- ランニングを始める直前ぐらいは自転車レースとかにも出ていた(もちろん卓球のユニフォームで。笑)
2009年:皇居ランデビュー!
――そして、2009年にランニングデビュー!というわけですね。
夏目:こうやって振り返ってみると、色々やってきたんだなぁ・・。
ちなみにフットサルは中学時代とは逆で、結構活躍してたんだよ。
攻めのポジションだったんだけど、やっぱり性格的に守備より攻撃が向いてたみたい(^^)
- 2009年夏、流行りに乗った知り合いから誘われて皇居ランデビュー(一周だけ)
- 一緒に走ったその知り合いが言うには26~27分位だったらしい
- もちろん当日はグロッキー&翌日は筋肉痛で一旦ランニングから離れる
――あれっ。離れちゃったんですか。
夏目:離れたというよりは、この頃はまだ卓球がメインだったし・・。
(中学の時と同じく)流行ものに乗っかって、一度走ってみたという感じかな。笑
5kmという距離を初めて走って、それだけで死にそうになってたから、もう一度やりたいとは思わなかったよ。
- 再び走るのは半年後、2009年末ごろ(同じ友人に誘われ、渋々了承)
- もちろん当日はグロッキー&翌日は筋肉痛で再度ランニングから離れる
――やっぱり、離れちゃうんですね。笑
夏目:まだ(流行に)乗っかってるだけだから。笑
- そしてもう一度走ったのが、さらに半年後の2010年夏(また同じ友人に誘われる)
- ここで、ふと「走るの好きかも!」って思い始めて、勝手に走るようになる
――三度目の正直、ですね。
夏目:誘ってきた友人がいつも僕を先に行かせて、ラストで抜いてくるんだよね(笑)
いつも「くそ~」って思っていて、この3回目で初めて、彼に抜かれずに最後まで踏ん張れて、すごく気持ちよかったんだ。
今となっては誘ってくれた友人に感謝してるよ。
その後:あくまでメインは卓球
- 徐々にランニングの頻度が増えて、週1回走るようになる
- 皇居1周のみだけど毎回全力疾走
- 2010年末あたりから、皇居・荒川・多摩川あたりで駅伝を走るようになる
――毎回全力疾走!ついに、ここで夏目式マラソンメソッドの片鱗が、見えてくるわけですね。
夏目:「ジョギング」とか、知らなかったし(笑)走るたびに、少しずつタイムが縮まっていくのが楽しくて、毎回全力だったよ。
- 「皇居一周20分を切りたい!」という気持ちが、記録を意識し始めたきっかけ
- 東京マラソンにも興味を持つようになり、時々は2周するようになる
- 一年ぐらい続けていたら、時々19分台で走れるようになる
――少しずつ、進化していったんですね。
夏目:夢中で走ってたような気がする(笑)毎回がレースみたいなもんだから。楽しかったよ~。
――それでも、まだ卓球中心ですか?
夏目:やっぱり卓球が好きだったからね。
それに、初めて19分台を出した直後、腰を痛めてしまって・・・卓球にも影響したから、実はまた1ヶ月くらいランから離れたんだよ。
でも腰が治った時にまた走ってみたら、痛める前とあまり変わらず走れたからまたやる気が戻ってきて。
その頃からかな。周りに話すときに「卓球やってるよ」が、「ランやってるよ」に変わってきたのは。
――ハマっちゃったんですね!ランの世界に。
夏目:極めつけは2012年初旬。知り合いの勧めで参加したSRP(Social Running Project)のメンバーとの出会いがあって、一気にディープな世界に突入したんだ。
ターニングポイント①SRPとの出会い
- 「ジョギング」「ビルドアップ走」「ペース走」など、様々な練習メニューがあることを知る
- 「余裕を持って走る」という考え方に初めて出会う
- マラソンを走る前に練習で30Km走るとか考えたことが無かった
――SRPと出会うまでは「全力でしか走ったことがない」わけですよね。笑
夏目:そのとーり!!全力でやらないとかアリなの!?って思った(笑)
――練習そのものが、ガラリと変わってしまった感じですね。
夏目:「月間走行距離」を集計するなんていうのも新鮮だった。確か、このあたりは月間100kmくらいだったような気がする。
――初マラソンでサブスリーを達成したは、SRPに入った後ですか?
夏目:その通り。SRPで学んだことを生かして練習しながら、だんだんと練習量も増えていって、ちょうど月間200kmぐらいになった頃の初フルマラソン(2:58)だったよ。
――初フルでサブスリー!と言うと、凄い才能が!と思ってしまいますが、ちゃんとした影の努力があったんですね。
夏目:「影」かどうかは知らんが(笑)やることはきちんとやっていたつもり。
ランと卓球の比率は完全に逆転してたしね。
――その後、SRPでいろんな練習方法を学んで、落ち着いて走ることができるようになった、というわけですね。
夏目:少なくとも、仲間と走っているときはね。笑
一人だとどうしても飛ばしちゃって、全力に近い走りからは中々脱却できなかった^^;
ターニングポイント②福岡国際マラソンへのチャレンジに2度失敗
- 2013年末ごろから、福岡国際マラソンに出たいと思うようになる
- 翌年の佐倉(2:42)、かすみがうら(2:42)と連続で失敗
- 何かを変えよう!と、自分一人の練習でも「ビルドアップ走」を取り入れるようになる
――2連続で42分台というのは、確か第一部で教えて戴きましたね。
夏目:実は、その前の富士山(2:49)の時も「何か変えよう!」と思って、一度卓球を完全に辞めたんだ。
――そうだったんですね!あんなに好きだと言っていた卓球を。
それくらい意気込んで臨んだのにダメだったから、こんな野獣のような練習は限界かなと思って。
――野獣・・本能のままに走る(笑)
夏目:2本とも、35km過ぎの最終盤で大失速っていうリプレイしたみたいな展開で、練習内容がそのまま出てしまったなぁと・・・。
――それで、意識的に「後半上げる」練習を取り入れたと・・。
夏目:そう。ビルドアップ走は「最後までしっかり走る」というイメージを作るのにピッタリだったと思う。もちろん、自分のレーススタイルは前半から攻める走りなんだけど、ビルドアップ走を取り入れるようになってから、他の練習でもレースでも、撃沈するような走りは随分と減ったよ。
――その取り組みが、のちの40分切りに繋がるわけですね。
夏目:福岡の水準タイムを切ってから、めでたく卓球も再開したよ\(^o^)/
――夏目さんのレーススタイルで「ビルドアップ走」って、ちょっと意外でしたけど、ちゃんと理由があったんですね。
夏目:ビルドアップ走がしっかりできる土台があってこそ、前半から攻めるレーススタイルが活きてくる!これが、二度目のターニングポイントだったかな。
――「夏目式・イケイケ走法」でしたっけ。
夏目:僕は一言も言ってないぞ(--;)
――やっぱりチャラいですね。
夏目:・・・(ダメだ、反応したらコイツ絶対調子乗る・・)
[Road to Fukuoka]夏目晋太郎さん まとめ
子どものころから現在に至るまで、それぞれの段階でスポーツに親しみ、心から楽しみながら、体を動かし続けてきた・・そんな印象の残る、夏目さんの半生。
「気負わない」という否定的な表現ではなく、「ナチュラルである」という肯定表現がよく似合う、素敵な男。
楽しいから頑張れる。面白いから全力疾走。
そんな中でちょっとだけ、苦手の克服にチャレンジする。
もちろん、自分の得意なやり方で。
『努力する』ことと、『楽しむ』ことを、見事なまでに両立している夏目さんの、屈託のない笑顔は、
『努力する』という言葉の意味すら、考え直したくなるような、柔和なオーラを放っていました。
おしまい\(^o^)/